2011年12月30日HBCテレビで「希望の医療~地域医療の可能性~」が放送されました。
ご覧になった方もいるのではないでしょうか。旭川医科大学での様々な最先端医療、その中の1つに移植医療があり、昨年10月に旭川医科大学で行われた第1例目の生体肝移植の様子も放送されました。その医療チームの中心を担っていたのが今回インタビューをさせていただいた谷口雅彦先生です。
では、谷口先生よろしくお願いいたします。
―月並みですが、先生は何故医師になったのでしょうか。また、外科・・
特に移植外科医を志すようになったきっかけはなんでしょう?
自分が高校3年生の時に、父がB型肝硬変・肝癌で亡くなり、その時の無力感から外科医を目指すようになりました。外科医になった2年目に故郷の宮崎で自分の師と出会い、その先生のような外科医になりたくて・・・その先生が毎日のようにPittsburgh、Todo、dog labo(研究室)と言っておられたので、ピッツバーグに行って、dog laboに入ってTodoという先生に習えば、自分が目指す外科医になれるんだと思うようになりました。そうすれば父を助けられる外科医になれると。今思えば、その先生に出会ったこと自体が運命だったような気がします。
―Pittsburgh、Todoというのは、ピッツバーグ大学の教授として臓器移植の第一線で活躍されていた
藤堂 省先生(現 北海道大学移植外科学講座 特任教授)のことですね。先生は九州の宮崎のご出身とのことですが、
では北海道にこられるようになったきっかけは?
医師になって3年目にピッツバーグに行こうと決心し、たまたま学会で日本に帰って来られていた古川先生に自分の想いを打ち明けたところ、もう外国人の日本人がピッツバーグに来ても移植外科の術者にはなれないと。だから日本国内で留学して肝臓の勉強をしなさいと言われました。そこで築地の国立がんセンターに行って肝臓外科の勉強をしました。でも宮崎の医局は心臓血管外科の医局でしたので「宮崎に帰ったらもう肝臓外科医はできない」と毎日がんセンターの屋上から銀座の街並みを眺めて途方に暮れていた時に、藤堂先生が北大に帰って来るとの情報を耳にしました。てっきり自分のために北大に帰ってきたのだと勘違いして、藤堂先生に3回手紙を書いて、3回断られて、4回目に北大に入れていただきました。
北大に来てからは、あの夢見たdog laboでの研究、北海道各地での地域医療、デンバーでは臨床の移植に従事、そして北大病院での移植医療と、合計15年様々なこと、決して宮崎では体験できなかったことを経験させていただきました。そして昨年、古川先生が旭川に移られたのを機に、自分も移植医療を道北に根ざすべく一昨年末から旭川医大に参りました。
-旭川医科大学に赴任されるまで移植医療に対する様々な研鑽を積んでこられた谷口先生。2011年10月、
旭川医科大学で第一例目の生体肝移植が行われました。先生にとっても旭川の地で最初の移植手術となったわけですが、
率直な思いをお聞かせ下さい。
すでに報道でご存じかと思いますが、今回の旭川医大での第一例目の生体肝移植は再移植を必要としました。1歳の先天性胆道閉鎖症のお子さんへの移植だったのですが、最初にお母さんからの肝臓を移植し、10日後に再度お父さんからの肝臓移植を行いました。お母さんはご自分のお腹にドナーとして傷を負いながら「健康に生んであげられなかった。自分の肝臓がダメだった。」とご自分を責められました。お父さんはそんな奥さんやご家族をケアしながらご自身がドナーとなり、そして退院後の幸せな一家団欒を信じて、毎日ご夫婦交代で付っきりで子供さんの看護をされています。お父さんは家族の中で3人が手術を受けることは本当に大変だったと言われました。脳死移植が少ない今の日本では、生体肝移植でしか助けてあげられない命があります。ですから、我々は目の前の命を全力で助けます。しかしこれは移植医療の本来の形なのでしょうか?我々はこのご両親の思いを絶対忘れてはならないと思っています。そのためにも臓器提供推進をしなければならないと強く思いました。
-では、最後に今後の旭川や道北地区、ひいては北海道の
移植医療推進にむけての抱負をお聞かせください。
北大病院で移植医療に従事して、北海道にはまだまだ移植医療によって元気になられる方が数多くいらっしゃると思います。道北でも一人でも多くの方に移植医療を知っていただき、移植でお元気になっていただけるように、そしてその結果として、この北海道を全国の移植医療のモデル地区にできればと思います。
ありがとうございました。
宮崎訛りでとても親しみやすく、素敵な笑顔が印象的な谷口先生。患者さんにとっても信頼が厚く、まっすぐな先生であることは想像に難くありません。肝臓病の治療に、そして移植医療にひたむきに取り組まれている谷口先生が旭川にいることは、道北地域の方にとってなにより心強いことと思います。
「これは移植医療の本来の形なのでしょうか?」。この言葉は、助けられる医療でありながらも、生体移植での家族の苦悩を側で見ている先生だからこその言葉だと思いました。先生の言葉や報道などから私たちは移植を必要とされている人が多くいる現実を知ることができます。
当協議会では2月に移植の市民公開講座を札幌で予定しております。是非、移植医療について考える機会を持っていただけると幸いです。詳細はまたHP等でお知らせいたします。
【谷口雅彦先生プロフィール】
1991年宮崎医科大学卒業後、同附属病院第二外科入局
1997年10月に北海道大学医学部附属病院(現 北海道大学病院)第一外科入局。
第一外科で医療に従事する中、2001年のコロラド大学ヘルスサイエンスセンターでの留学などの経験を経て、2008年北海道大学大学院医学研究科置換外科・再生医学講座 特任助教に。
2010年12月より現職である旭川医科大学第二外科 講師として、又、当協議会の旭川支部のメンバーとしても活躍中です。