イベントレポートVol18
2011年2月、移植医療の市民公開講座が、北海道と当協議会の主催により札幌・旭川の2会場で開催されました。
今回のテーマは、「話そう大切な人と―みんなで考える臓器移植―」。市民の皆様にわかりやすく臓器移植を知っていただく為のプログラムを考えました。臓器移植に普段より関係の深い医師の講演、そして、より身近に感じていただくように、移植を経験された方達からのお話、又、移植医療のみならず「命」についてご家族で考えていただける機会をもっていただければと企画したのが、朗読会や絵本の読み聞かせ、ピアノコンサートです。 この公開講座、札幌会場には450名、旭川会場には300名と沢山の皆様にご来場いただきました。本当にありがとうございました。それと同時に、札幌会場では席が足りなくなり立ち見を余儀なくされた方もあり、ご迷惑をおかけする場面もございました。この場を借りてお詫び申し上げます。

さて、当日ご来場できなかった皆様にも少し講演会の様子をお伝えしたいと思います。


講演は市内のホテルで開催

札幌会場は立ち見が出る程の盛況

講演に先立ち、当協会にご協力いただいている方々へ感謝状を進呈

札幌会場では、救命救急医の立場から市立札幌病院の鹿野 恒(かのひとし)先生が講演してくださいました。一見、移植医療と救命救急というまったく違うジャンルのことと思われますが、懸命の治療の結果どうしても救えなかった尊い命をどう看取るか、次に命をつなぎたいという本人や家族の意思をどういった形で受け止めるか、そういった取り組みを救急救命という医療の一環として鹿野先生はなさっています。話しの中で、先生が関わった一人の中学生、寺町沙也(てらまちさや)さんが紹介されました。札幌で倒れ、心肺停止になった沙也さんをヘリで仙台の病院まで搬送した鹿野先生。その後、沙也さんは余命半年との宣告を受け、臓器移植という道を選択されました。そして、アメリカでの心臓移植手術に成功し、2007年12月以来はじめてふるさとの札幌に戻った寺町さんご一家が、支援してくださった道民の皆さんに御礼を伝えたいとこの公開講座にかけつけてくれました。普通の中学生として生活をしてきた沙也さん。突然、劇症型ウイルス性心筋炎に倒れ、まさかの余命宣告を受け移植を受けるまでの思い、ドナーや協力してくださった方への感謝、移植医療についてのご自身の思いを語られました。沙也さんの御父様からは、どんなことをしてでも娘を助けたいと思った、今、こうして札幌の地に娘が再び立てたことが本当に嬉しいと涙ながらに感謝の気持ちを述べられました。


講演に立つ鹿野先生


寺町さん親子も来場

座談会では、北海道大学病院臓器移植医療部の嶋村 剛(しまむらつよし)先生が、息子さんの腎臓移植ドナー(臓器をあげる側)となった鳥居裕美(とりいひろみ)さんと、肺移植のレシピエント(臓器をもらう側)横山美紀(よこやまみき)さんの経験談を聞きながら、移植医療についての説明や北海道が移植医療の先進地であることを話されました。高校で体育の教師をされている横山さんからは、感謝の思いと、まだ温かいままで脳死となったレシピエントを見送らなければならなかったご家族への思いを、鳥居さんからは、手術後歩くのもまだ困難な中自分の病室にきた息子さんがかけてくれた「ありがとう」という言葉が今でも忘れられませんとのエピソードが語られました。お二人の経験談から、臓器移植がやさしさと思いやりの気持ちから成り立っている医療であることが皆さんに伝わったのではないでしょうか。それと共に、嶋村先生からは、臓器をもらいたい・もらいたくない、あげたい・あげたくない、一人ひとり、それぞれの思いがある。まずは移植医療について知ってもらい、家族で話す機会をもって頂きたいと会場の皆さんにうったえられました。

手前より嶋村先生・横山さん・鳥居さん

女優の中井貴恵(なかいきえ)さんが朗読してくださったのは、「ママ、ありがとう」という本です。「ヒルシュプルング病類縁疾患」という消化器官が正常に機能しない病気と闘い続けた男の子とママの命をつなぐ物語がこの本には綴られています。1999年に名古屋で生まれた宗太郎君は、病気の為ご飯を食べることができません。そして、8年間のほとんどを病院で過ごしてきました。手術と検査の連続、そして絶食。危篤を告げられたことも1度や2度のことではありませんでした。そんな宗太郎君の夢はハンバーガーを食べること。「ぼくはお腹が悪くてご飯が食べられません。良くなってご飯が食べられるようになりたいです。学校に行ってお友達と遊びたいです。お家に帰りたいです。おじいちゃんになるまで生きていたいです。歩けるようになりたいです。手術が受けられるようにみなさんの力を貸してください。おねがいします」。常に死と隣り合わせの生活の中、一縷の望みをかけ、当時日本では認められていなかった多臓器移植を受けにアメリカに渡航します。移植手術が成功し、手術をしなければ知ることのない喜びを味わった宗太郎君。しかし、その後合併症の為に容体は急変。そして、9歳という短い生涯を終え、遠い天国に旅立ってゆきました。その時、最後に囁いた言葉、「ママ、ありがとう。ありがとう」。どんなに辛くても苦しくても最後まで治りたい!生きたい!と小さな体で頑張って頑張りぬいた男の子と、病気とその運命に真摯に向き合い、宗太郎君の願いを一つでも多く叶えてあげたいと一生懸命に一緒に歩んできたお母さんの優子さん。中井貴恵さんの力強くも、優しい語り口、そしてスライドに写しだされる宗太郎君の頑張っている姿に会場の皆さんも引き込まれ、あちらこちらですすり泣く声や目頭を押さえる様子が見受けられました。そして、その思いを受けて演奏された札響のコンサートマスター大平まゆみさんのバイオリンの音色が優しく会場を包み込んでくれました。



感動を呼んだ中井貴惠さんの朗読


演奏をする大平まゆみさん


特別発言は北関東循環器病院の南先生


PDF札幌会場のプログラムのダウンロード(PDF形式:688KB)

続く(旭川会場)>>

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